風が、僅かな冬の匂いを運んでくる月になってから久しい午後。
昨日買ったばかりのマフラーを鞄から出して、アスカはそれを首に巻きながら家路をゆっくりと歩いていた。
始終誰かといるのは流石に疲れるけれど、人通りの絶えた道を一人で歩くのもなんだか寂しかった。
冷たさの混じる風を頬に受けながら、視線を何気なく横に向ける。右手に見える公園にも人影はない。寒いし、なにより日が落ちるのが早くなってきたせいかな、と思いながら園内を覗いていると、何か白いモノがちらりと見えた。
砂色の上に小さな白い色がぽつんとしている。そして、その少し向こう側には、公園の砂利よりも黒い色があった。
足を止めたアスカはなんだろうと思って、コンクリートの塀に手を突いて公園の方へと身を乗り出す。そして、その黒い色が薄汚れた犬で、その犬の前にいる生き物が何かと気がつくとぎょっとして顔をひきつらせた。
確か、あの白いものは、いつも生徒会長──渚カヲル──にくっついてる生き物だった。
その白い生き物は、犬と向き合っている。状況はわからないけど、犬の低く唸るような声からよくない雰囲気である可能性が高かった。
――だから、どうだってのよ。
アスカは、急に興味をなくしたようにふい、と顔を背けた。
アスカはあの白い小さな生き物が大の苦手で、視界に入るだけでも肌があわ立つほどイヤだった。だからと言って放っておくのはちょっとは罪悪感だってあるし、髪を引かれるような思いもある。だけど、あたしは幼なじみのシンジみたいにお人よしじゃないし、犬とケンカして、例えばその白いのがケガなんかしても知りはしない。一匹でも姿が見えなくなるなら、むしろせいせいする。
何も見なかったふりをして背を向けて歩き出すと同時に、犬が吠えた。急な大きな声にびっくりして振り返ったアスカが見たのは、犬に吠えられて腰を抜かし、慌しく手をばたばたとさせている白い生き物。そして、それに狙いを定めて、ゆっくりと近づいていく野良犬。
アスカはその光景に釘付けになった。バカ。なんで逃げないのよ。と急にイライラしてきた。あんた、確か飛べるんじゃなかったの。さっさと逃げなさいよ──
「コラーッ! 何やってんのよッ!」
気がついた時にはアスカは踵を返していて、勢いよく鞄を振りかざしながらその場に割り込んでいた。
実は気の小さかったのか、野良犬は急な乱入者の出現に前足を引いて小さく一声なくと、そそくさとしっぽを向けて逃げていく。犬の後ろ姿を見つめながら、アスカはゆっくりと鞄を下ろす。息が上がって、身体が細かく震えているのは、アスカ自身もあの犬が怖かったからだった。
どうしてこんな事をしてしまったんだろうとアスカは思って、後ろにいる小さな生き物に視線を移す。それは座り込んだまま顔を上げて、真っ直ぐにアスカを見上げているように見える。
なにやってんだろ、と思う。アスカから見ると、改めて見てもそれは小さいが、気味の悪い生き物にしか見えない。
その小さな生き物はひょいと立ち上がり、急にアスカの元に駆け寄ってきた。ぎょっとしたアスカは悲鳴を上げて、慌てて走り出す。走りながら後ろを向いてみると、その小さな生き物は、小さな手を前に差し出したまま足を止めて、アスカを見つめていた。
その姿が、なんだかお父さんとお母さんとはぐれてしまった子どものようにとても心細い姿に見えて、アスカの足も自然に止まっていた。
そのまましばらく固まっていた小さな白い生き物はくるっと小さな背を向けて、俯いてとぼとぼと歩き出す。なんだか、懐いて慕ってくる子どもか小動物を冷たくあしらってしまったような気持ちになって、アスカはたまらず目を逸らした。
なんとも思わない。あんたには、他にも大勢のおんなじ姿の仲間がいるじゃないの、とアスカは心の中で何度も繰り返す。
嫌な唸り声がアスカの耳に入ってきた。ハッとして振り返ると、さっきと同じ犬が再び小さな生き物の前に立ちふさがっていた。そして、白い子の方はというと今度は腰を抜かさないで、前の敵と向き合っている。
またか、とアスカは眉を寄せてあからさまに嫌な顔をした。そして同時に、今度こそ野良犬に襲われてケガをする白い生き物の事を思い──そのおぼろげな光景に、なぜかぞっとした。
「あーもう! あんたは! 弱いものいじめはすんなってのッ!」
大きな声を上げ、ばたばたと大げさに足音を立てながらアスカは再びその場に割り込む。やはり気の小さいらしい野良犬は、走りながら鞄を振り下ろしきたアスカの姿に情けない声を上げて逃げていく。
それをじろりと睨んで見送ると、手の震えを鞄をしっかり握ることでごまかしながら反対側へ振り返る。小さな生き物は、アスカを見つめているよう。アスカには、それがなんとなくぽかんとした表情に見えて、さっきこの子から逃げたことを思って、バツが悪くてぷいっと顔を逸らした。
不思議だけど、アスカの中で今、怖いとか、気持ち悪いという感情がずいぶんと遠くに行ってしまっている。だけど、それが完全になくなったと言える自信がなかった。もう一度避けるような行動を起こして、この小さな子を傷つけるようなことはしたくないと思っていた。
さっきみたいに、その子はアスカに駆け寄ろうとしなかった。横目で様子を窺うアスカの前でぴん、とその白い小さな生き物は背を伸ばすと、「ありがとう」と伝えようとしているのか、前で両手を揃えるとぺこりと頭を下げた。さっきアスカが走って逃げたことがよほど堪えているのか、一歩も近づこうとしない。その姿が、アスカの心を苦しくする。顔を向けてみると、その子も顔を上げてアスカを見つめ返してきた。
アスカの足が、地面に縫い付けられたように動かない。一人と一匹の絡んだ視線がようやくはずされたのは、アスカが何かの気配に気がついて視線を上げてからだった。その移した視線の先には、ちらちらと様子を伺うさっきの犬。よほどこの白い生き物が気になっているらしい。
──大丈夫よ、アスカ。
自分にそう言い聞かせて、アスカは小さな白い生き物の側にまで近づくと、その子をひょいと抱き上げた。白い生き物はびっくりしたようにアスカを見上げていて、アスカはほんの少し、その視線が照れ臭かった。
くるりと身を返して歩き出すと、ふとあの野良犬が後ろから追いかけてきたらどうしようという不安が、アスカの心に湧き上がった。それは一気に膨らんできて、アスカの足を少しでも早く前に、前にと追い立てていく。
早足に公園を出て、何も考えずにアスカの家の方へ身体を向けた時、ぽん、と後ろから背中を叩かれた。後ろからあの犬が飛び掛ってきたのかと思ってアスカは悲鳴を上げ、走るのと振り返るのとを同時にやろうとして足が引っかかり、身体が大きく傾いた。
抱きしめている子を守ろうと仰向けに地面に倒れこんでしまったが、思っていたより衝撃は少なかった。倒れる前に何かに身体を重力に反して強く引かれて、今は肩から背中にかけて触れているものがある。反射的に閉じていた目を開けると、よく見る銀色の髪が夕焼けの色に赤く染まっているのが見えた。
「大丈夫かい?」
その声を聞いた瞬間、アスカはほっとしてしまう。だけど、顔はむっとしたような不機嫌な表情を作って、目の前にいる人物をキッと睨んだ。
「大丈夫じゃない」
「本当はちゃんと抱きとめてあげたかったけれど、君の手を引けなくてね」
アスカの目の前にいる人物、アスカたちの通う学園の生徒会長──渚カヲルは、ほんの少し肩を竦めて小さく言う。
「ったく。カッコつけるなら最後までびしっと決めなさいよね。仮にもあんたはみんなの憧れの生徒会長なんでしょ? 女の子を助けようとして、逆に無様にこけたって言いふらしてやってもいいんだからね」
動揺を隠そうと意味のわからない文句をぶつぶつと言うが、先に立ち上がったカヲルが手を差し出すのを見ると口を閉ざしてしまう。そして、躊躇しながらアスカも片手を伸べて、その手のひらをしっかり掴む。
「とても珍しい光景だね? 君はその子が嫌いじゃなかったのかい?」
アスカは思い出したように腕の中にいるものを見る。白い生き物はそわそわとせわしなく頭を動かしていて、まるでアスカを案じているよう。
「なんでか知らないけど、そこで犬に絡まれてたのよ」
「なるほど。それで君はこの子を助けてくれたんだね。ありがとう」
にっこりと微笑を向けられると、アスカは頬が熱くなった。ぷいっ、と顔を背けると、さっき驚いた時に手放してしまった鞄を拾い上げる。
「べつに。助けたくて助けてやったんじゃないの。ただ、見てたら弱いものいじめしてるみたいでイライラしたのッ それだけよッ!」
放っておこうとした罪悪感が急に頭をもたげてくる。「ありがとう」の言葉を受け止めることが出来ない。だから、最初はそんなつもりはなかったことも言って、感謝なんてするんじゃないわよ!とアスカははねつけた。
「照れ屋で優しい子だね、君は。……結果を見れば、君はこうしてこの子を助けてくれてたじゃないか。毛嫌いしていたくらいだったのに、今はこんな風にしっかりその子を守っている」
ぽん、とアスカの頭をカヲルが撫でると、アスカは胸の辺りがきゅっとする。耳まで赤くなってしまったアスカは、それを隠すように俯いて、ずっと腕の中に収めていた白い子をずいっとカヲルへと押し付ける。
「……っていうか、これ会長のでしょ! 勘違いしてるコト言ってる暇があるなら、さっさと引き取りなさいよ!」
「いや、この子は僕のペットじゃないんだけど……」
「いいからッ さっさと受け取りなさいよ!」
ぐいっと無理やりカヲルにその白い生き物を押し付けて、アスカは彼らから背を向けてずんずん歩く。だが、すぐ足に何かがくっついてきて、アスカは眉を寄せてそちらに目を向ける。
「……僕よりも、君の方がいいらしいよ」
カヲルが楽しそうにくすくすと笑っている。アスカの足にしっかりとくっついているその白い生き物は、ぎゅうっと手に力を込めてきて、簡単には離してくれそうにない。
目を細くしてその白い姿を見つめていたが、無言で足にくっついている子を引き剥がし、カヲルの元へ再び押し付けようとした。だが、その小さな生き物は必死に首を振りながらしっかりとアスカの手にしがみついてきて、離れてくれる様子がない。
「ずいぶん君の事が気に入ってるみたいだね。……今夜だけ、君の所に泊めてあげてくれないか?」
「なんでよ? この子の飼い主はあんたでしょ?」
「だから、飼っていないよ。僕にも懐いてくれているけど、その子たちは一応シト校の番長の子分なんだよ。知っているだろう?」
あの着ぐるみみたいなよくわからない集団のことか、とアスカはぼんやりとその良く分からないライバル校を思い出す。そんな事を言えば、ねるふ学園にもずいぶん変わったシンジの友達がいるのだが。
「なんであたしのところで泊めてあげないといけないのよ。だったら、今からでもシト校に行って返してくればいいだけじゃない」
「今からシト校に行ったら、帰りはずいぶん暗くなってしまうだろう?」
太陽はずいぶんと落ちてしまっていて、人の影もずいぶん少なくなってきた。普段歩かない道を、冷たい風と暗い空の下で一人歩くのは、流石に心細い。
「……わかったわよ。今日だけよ」
チッ、と小さく舌打ちをしたアスカは片手で小さな子分を抱きしめ、カバンを持っている方の手を伸ばしてカヲルの袖を掴んだ。おや、とカヲルは言って、歩き出した彼女のあとをついていく。
「僕に送らせてくれるのかい?」
「そーよ。……あと、その傷」
カヲルがアスカをかばって一緒に倒れた時、彼女の下敷きになった腕がすりむけていたらしく、赤い血が滲んでいる。
「ああ、これか。どうってことはないから、気にしないでくれていいよ」
「いいからッ あたしはあんたに貸しを作るのがいやなの! さっさとついてきて治療させなさいよッ!」
辺りが暗くなってきた中で、それでもカヲルにはアスカの赤く染まった顔が良く見えているらしい。ふっ、とカヲルは微笑んで、袖を引く手をそっと解くと、アスカのカバンを取り上げて空いた手のひらに、カヲルのそれと触れ合わせて手を繋ぐ。
「ちょっと、あんた何すんのよ!?」
「虫除けだよ。虫除け」
「……何よ、それ。意味わかんない」
アスカはカヲルを睨んで見るが、彼は涼しい顔ですでに前を向いている。手はしっかりと握られていて、そうそう軽く振るくらいでは離れそうになかった。
意味がわからないとアスカは言ったけど、勿論それが嘘だとアスカ自身が知っているし、もしかするとカヲルも知っているのかもしれない。アスカが何も言わない──拒絶してこない──と知っているのか、彼が少し腕を引いて、二人の距離がさらに縮まる。
一見体温が低そうなのに、暖かなカヲルの手のひら。アスカの想いは、きっと気が付かれている。でも、その確証もないし、気まぐれな彼の気持ちが全くわからないから、アスカはいつもカヲルにもう一歩、素直に近づくことが出来ない。
あとから説明するのも面倒だからと、アスカは家に着くなり先に部屋へ行くようカヲルに言って、母親に白い生き物を見せてみた。母はきょとんとその生き物を見ていたが、可愛いわね、とにこりと笑う。飼うんだったら最後まで責任を持ちなさいね、とそれ以上彼女は何も言ってこなくて、何からどう説明しようかと考えていたアスカは一気に脱力してしまった。
部屋に戻ると、カヲルの傷口を消毒し、ガーゼを引っ付けて安物の包帯で固定させると、アスカは変なうわさが立ったらいやだからと言って、カヲルをさっさと帰してしまった。
午後の二十三時。
夜の蚊帳に包まれた世界の片隅、アスカは自室のベッドで横になっている。血のついたティッシュの入ったゴミ箱の隣には小さなテーブルがあって、その上にはカヲルが帰ったあともずっと置きっぱなしになっている救急箱。その隣にはアスカのお気に入りの赤い色のクッションがあり、その上には白いものがだらしなく寝そべっている。
当たり前に部屋にまで上げた苦手な生き物の小さな背中を見つめながら、アスカはさっきの公園での出来事を思い返す。可哀想だったから助けたまではわかるけれど、どうしてこの子をを家にまで連れてきてしまったのだろう。生徒会長のせいだとずいぶん前に結論を出してみているが、それも結局アスカのいいわけだった。きっと、あの場にカヲルが来なくても、この子を連れてまっすぐに家に連れ帰っていたに違いない。嫌悪するほど苦手だったものだから、アスカの中ではまだ、素直にこの気持ちを受け入れることが出来なかった。
くしゅんッ、と小さい音が聞こえたので、アスカはぎょっとして飛び起きる。大の字にした小さな身体を一度痙攣させてくしゃみをした白い生き物が、もぞもぞと動いて身を丸めている。
不機嫌に眉を寄せたアスカはベッドから降りて、テーブルの横をすぎて赤いクッションの前にまで行く。腰に手を当ててそれを見下ろしてから、そのクッションを抱き上げるとベッドの方へと歩いていく。白い生き物はすっかり寝入っているらしくて、丸くなったまま動かない。なんだか小さな子猫をみているような気持ちになって、アスカの口元が柔らかく綻んだ。
赤いクッションをアスカの枕の近くの壁側に置いて、近くに掛けていたマフラーを白い生き物の上に掛けてやると、アスカもベッドに横になった。壁の方を向くと、アスカは白い頭をつん、と指で小突いた。
「それ、昨日買ったんだから、よだれとかつけたらタダじゃ済ませないわよ」
「おはよう」
振り返ると、カヲルが笑いかけながら駆け寄ってきて、隣に並んできた。
「今日は早いね」
「あんたもね。……それより、あんたあの子のこと知らない?」
きょとんとして首をかしげるカヲルを見ると、どうやら彼も知らないらしい。
朝、アスカが起きた時には、もう白い生き物の姿はなかった。慌てて部屋中を探したが見つからなくて、学校に行く時間になった時にようやく窓の鍵が空いていることに気がつくと、アスカはなにかを思い出したようにため息をついた。
「寂しいと思ったんだね」
アスカはじろっとカヲルを睨んで、だがすぐに顔をそらしてこっくりと一度頭を縦に振る。
「急にいなくなったら、誰だって寂しいなって思うでしょ。っていうか、助けた恩も忘れてさっさと帰るなんて……寂しいを通り越して腹が立つわ。だいたい、あの子やっぱり飛べるんじゃないの。なんであの時さっさと飛んで逃げなかったのよ」
「まだ、あの子は嫌いなのかい?」
急な問いかけに、アスカは訝しげにカヲルへと向き直る。彼は笑みを湛えて、アスカをじっと見つめ返してくる。アスカはさりげなく視線をそらす。
「……ちょっとだけ、慣れてきたと思う。少なくとも、あの子だけに関してだけ……だと思うけど」
「ふふ。それはよかった。僕にとって、なんだかあの子たちは他人ではないような気がしていてね。君に少しでも好きになってもらえるのは、嬉しいよ」
意味がわからない、と呟いて彼に顔を向けてみるが、カヲルはにこにこと笑っているだけだ。
そんな彼がふいに立ち止まったので、アスカもそれにつられて足を止める。三メートルほど先に立っていたのは、アスカが昨日助けて、今日の朝には彼女のもとから居なくなっていた白い子分だった。
その場でずっと待っていたらしいその子は、二人が立ち止まったのを確認すると、ぱたぱたと駆け寄ってくる。人一人分まで近づいたところでその小さな生き物は立ち止まって、手に持っていた二つ折りにされた紙を突き出してくる。
アスカはカヲルへと視線を投げかけてから、かがんでそれを受け取った。開いてはみたものの、文字も書けないような小さな子供がただ紙にらくがきしたような鉛筆の跡があるだけだったので、眉の間に小さなしわを刻み込んだ。
「『前略。昨日はこの子を助けてくれてありがとうございました。話を聞いていると、この子はあなたのことがとても気に入ったらしいので、これからも置いてやって下さい。ゼルエル』……だってさ」
アスカは横から紙切れを覗くカヲルの横顔を見た。彼にしろシンジにしろ、どうして、このよくわからないものが読めたり理解できたりするのだろうかと毎回思う。
「どうするんだい?」
問いかけられながら、アスカは視線を紙から下へと落とした。白い頭がこちらの方に向いているだけなのに、じっと見つめてくる視線を感じる。
「こいつらって、普段何食べるの?」
「動物を飼うような言い方だね。……そうだな、僕らと同じように大体はなんでも食べるよ」
「ふぅん」
カヲルの苦笑いしたような声を聞きながら、じっとその白い子分を見つめる。その子は今の印象で全てが決まってしまうとでも思っているのか、緊張しているみたいに背をぴんと伸ばしてアスカの視線をまっすぐに受け止めていた。
「……わかったわよ。しばらく面倒見てやるわよ。だけど、いい子にしなかったらすぐに追い出してやるんだから」
白い子分に手を差し出してみると、その子はすぐにアスカの手に飛びついてきた。にやっと笑っているような顔が前は気持ち悪いと思っていたのに、今のアスカは気味悪さも感じない。どこか嬉しそうに照れ笑いしているようにも見えるから、アスカ自身も不思議な気持ちだった。
「よかったね」
隣でアスカと同じようにしゃがんだカヲルがいう。小さな子分はアスカの手にくっつきながら、こくこくと頷く。
「あんたたち。なんか嬉しそうだけど勘違いすんじゃないわよ。ちょっとでも気に入らないことしたらすぐに追い出してやるんだからね」
「ふふっ、そうだね。ちゃんと面倒を見てくれるらしいよ」
「あんたはッ 人の話を聞きなさいよッ!」
あははっ、と楽しげに笑ってカヲルは立ち上がると、昨日と同じように手をそっと差し出してきた。その表情が、その紅い瞳がとてもやわらかいものを湛えているから、アスカの頬が薄紅色に染まっていく。
「こけたわけじゃないんだし、今日は一人で立てるわよ」
「その子はよくても、僕に触れられるのは嫌かい?」
赤い顔のままカヲルをにらみつけても、やはり彼は涼しい顔をしている。アスカが最後には拒んでこないのを知っている。誰も自分たちを見ていないから。カヲル以外の他人がいるとアスカが意識をしすぎて、カヲルに必要以上に関わってこないということも、きっと。
「……卑怯者」
「何か言ったかい?」
知らぬふりをするカヲルへと手を伸ばす。引き上げてもらうその手は、胸に抱く白い生き物と同じくらいとても暖かかった。
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