「…………え?」

 碇シンジは、マジマジとそれを見つめてから、間抜けな声を上げる
 時折ぴくりと動く、ありえない『ソレ』は、彼の想い人、その蒼く輝く銀の髪の上……




 ねこみみ





「シンジ君、ぐうの声も出ないみたいね……。完璧だわ」

 ニヤリ…、とどこか彼の父を思わせるような、不敵な笑みを浮かべたのは赤木リツコ。
 そんな彼女の隣に立っている問題の少女は、先ほどから痛いくらいの視線を、シンジに向けていた。
 シンジはゆっくりと、一度背けていた目を、少女に向ける。
 そして、彼女の頭の『それ』が目の錯覚でない事を、再認識した。

「あの、すみません。……なんでこんなことになっているんですか?」

 一瞬だが、リツコの目の奥がきらり、と光る。
 そして、これ以上もない、満面の笑みをこぼした。

「ふふふ……。それはもちろん、猫が可愛いからに決まっているでしょ?」

 彼の聞きたい回答ではなかった。
 あまりにもズレたリツコの言葉に、シンジはガックリ、と肩を落とした。

「……じゃあ、なんで綾波に……?」
「ネコっぽいのは、レイしかいないじゃない?」

 再び、今度はちゃんと彼の質問に答えた、だがやはり微妙にズレてる回答。
 しかも、語尾にハートマークが飛んでそうな、ウキウキした声だった。

──この人の考えてる事が、時々わからなくなる……

 半ば脱力しながら再び、彼は彼女──綾波レイに視線を移した。
 彼女は、頭の上のネコの耳をぴくぴく動かした。

「碇君……。変、かしら?」

 小首をかしげるその仕草に、シンジは思わずくらりとした。

──いや、可愛い。……って、違う違うッ! 何考えてんだよ、僕は!!

 慌てて、頭をぶんぶんと振り、過ぎった言葉を打ち消した。
 そして、少し気を落ち着かせようと、長い息を吐き出した。

「あの……。それで、綾波はいつまでこの状態なんでしょうか?」
「今日一日よ。まだ実験の段階で、少量を飲ませただけだから」

──実験? ってゆーかなんの? しかも段階ってなんだよッ? しかも一日中なのッ!?

 頭の中で、一息にツッコミを頭に並べ立てるシンジ。
 だが、彼から実際に出た言葉は、それらではなく。

「じゃあ、今日は綾波、学校はお休みと言うことですね……?」
「どうして?」

 リツコへの問い掛けだったのだが、間髪入れずに言葉を返したのは、二人の様子をただ見つめているだけのレイだった。

「え……? ……だって、綾波、その耳……」
「やっぱり、変なの……?」

 そう言って、悲しそうに目を伏せた彼女。
 微かに頭を垂れて、それはとても悲しそうだ。

──なんでそんな顔するんだよ……

「いや、あのさ、変じゃないんだ。その……。それ、見たら他の人がびっくりするだろ?」
「……だけど、今、コレはやっているんでしょう?」

──えーと……? …………まあ、流行ってなくは無いけど。ってゆーか、流行ってたっけ……?

 確信犯のリツコは、二人を見てニヤニヤ笑っている。

 とりあえず、シンジとレイは学校を休み、彼の家で様子を見ることにした。






「ただいま……」
「……お邪魔します」

 家までの道を行く間、シンジはレイにフードつきの上着を羽織らせていた。
 外ではこれでもか、というほど痛いくらい注目を浴びるであろうし、例え、彼の寛大過ぎるあの母でも、これは普通に流せないだろう、という配慮も込めての事だ。
 玄関の扉の鍵を開け中に入ると、すぐにユイが居間から出てきた。

「シンジ、お帰りなさい……あら、レイもいたのね? お帰りなさい」

 ユイの中ではレイはすでに家族の一員──と、いうよりシンジの花嫁──と思っているらしく、いつも彼女にはお帰りなさいと言う。

「あ。……た、ただいま……」

 一瞬、驚いた表情をするも、レイははにかんだ笑みを浮かべ、挨拶を返した。

「あ、あのさ、母さん。……驚かないで聞いてくれる?」

 シンジはさっさとこの状態を理解してもらおうと、突然話を切り出した。
 ……と、いうより、彼は早く、この微妙な状況から脱出したかった。

「ん? なにかしら、シンジ」

 ニコニコと笑う母。

「えーと……、綾波がさ。これ、リツコさんがやったんだけど……」

 頭で説明が整理しきれず、断片的な言葉を紡ぎながらシンジはレイのフードを取った。
 現れたのは、蒼白い毛並の、ネコのものらしき耳。

「………………」
「………………」

 瞬間、耳が痛いくらいの沈黙が、辺りを支配する。
 ユイはただマジマジと、レイの耳を凝視する。

──やっぱり、驚くよね……

 そう思った時、ユイが動いた。

「……か……か、か、可愛いぃ〜ッ!」

 勢いよく、その場でコミカルにズッコケるシンジ。

「さすが赤木さん! レイにネコ耳なんて……ッ!」

 ユイはレイに近づき、横から、後ろから、前から……と彼女を見つめ回す。

「あの……母さん? 耳が頭に直接ついてるんだけど? そこのツッコミはないの……?」

 ユイはなんとか立ち上がってきた息子の言葉を全く聞かず、声を張り上げた。

「あなた、来て! レイが、レイが可愛いのよ!」

 一瞬、シンジは我が耳を疑った。

──と、父さんが居るの!?

 少し経つと、ゲンドウがゆっくりと、居間から出てきた。

「……レイがどうした?」

 ゲンドウはサングラス越しにまずシンジ、そして、レイという順に視線を向けていく。

「……………」

 そうして、そのまま固まってしまった。
 バサリ、と手に持っていた新聞が床へ落ちる。
 しばし、ゲンドウはレイを見ていたが、おもむろに落とした新聞を拾い上げた。
 そして、彼らに背を向けた。

「……似合っている、レイ」
「……ねぇ…それだけなの? 父さん…」

 父はまだ、常識の有る人と思っていたので、シンジはその言葉に脱力した。
 そして、彼らにツッコミを入れるのも、なんとなく疲れてくる。

──もしかして、このまま一日中ずっとツッコミを入れないといけないのだろうか?

 レイを見ると、彼女もちょうどシンジを見たらしく、二人の視線が交じり合う。
 ぴくぴく、と耳を振るわせ、彼が漸くこちらを見たのが嬉しいのか、いつか見た、あの可憐な微笑を向けてくる。




──もう、可愛いから、今日はこのままでもいいかな……











………続かない。