明かりの無い室内を、ほの暗く染めるのは雲に覆われた暗い空。
部屋の闇と、曇り空からの淡い光の間。しん、とした空間。
そして、雨の降る前の湿った空気の漂う中で、渚カヲルは紅い瞳を隠して、ベッドの縁に背を預けていた。
間
そうやって、時の流れの緩やかな静寂の中に身を委ねていると、遠くの方でかちり、と音が聞こえてきた。
薄く瞼を開く間に、とんとん、と軽い足音が近づいてくる。
誰の足音かと気が付くと、カヲルはしょぼしょぼとした目を部屋のドアへ向ける。そのドアノブが回されて、扉が開いた途端伸びてきた手が、壁のスイッチへ移動してきた。
「すまないけど……明かりは点けないでくれないか?」
手がスイッチに触れた所で止まる。それが引っ込むと部屋へひょこっと半身を入れたアスカは、眉を寄せながら床に座っているカヲルを見下ろした。
「…辛気臭いことしてるわね」
「たまにはこういう雰囲気もいいものだろう?」
おいで…、とアスカを見上げて手招きすると、彼女は訝しげにカヲルを見つめる。が、中へ進み、静かにドアを閉めると歩いてきた。左隣にまで移動すると腰を降ろす。
二人の間にある、ほんの少し空いた隙間。アスカの方へと顔は向けずに、カヲルはどこか苦味の含んだ笑みを浮かべた。
「まだ、君からはこの距離を埋めてはくれないのかい?」
答えの返らない事は承知していたらしいカヲルは、返事も待たずに腰を浮かせて、彼から最後の空間を埋める。肩を触れ合わせた。
「……で。一体何してるの?」
「特には何もしていないさ」
「部屋の電気は点けずに?」
カヲルは、そっとアスカの方を向いた。淡い光に照らされた彼女の顔にも、なんで?と書いていて、心底不思議そうだ。
「だから、言っただろう? こういう雰囲気も悪くないだろうって」
「よくわかんないんだけど。まあ、この辺はまあ明るいけど、端っこなんて全然暗くて見えないから、なんか出てきそう恐い……って、バカッ 違うわよ! 暗くて恐いってのは一般論であたしの意見じゃないわよッ だから、そんな顔してこっち見るんじゃないわよッ!」
薄い闇の中に見えたのは、薄く微笑んでいるカヲル。バカにされたと思ったアスカは、長い髪を揺らす勢いで頭を左右に振った。
そんな彼女を見つめて、カヲルは更に笑みを深くしていく。
「ふふ、大丈夫。バカになんてしていないさ。ただ、恐がってる君もなかなか可愛…」
「だ・か・らッ 違うわよ! あたしが恐いなんて言ってないでしょ! 人の話を聞きなさいよッ!」
ムキになって否定するアスカに構わず、カヲルは右の手をのろのろと伸ばした。身体を彼女の方へと向けて、頬にそっと触れる。
指先が触れた途端、彼女はぴくっとして口を閉ざした。
アスカと近い側に置いてある、他方の手のひらは、彼女のそれに乗せて包むように握る。
カヲルが紅い瞳を細めて近づいてきたので、アスカは思わず目を閉じた。
ざぁ…、と急に降り始めた雨の音が、嫌に大きく室内に響く。
そんな中で、温かいものが触れ合う。お互いの体温を感じると、カヲルは僅かに身を乗り出して重ねた唇を押し付け、アスカは左手をカヲルの肩に這わせて強く服を握り締める。
長い、だが重ねるだけの口付けが終わる。彼の息が掛からなくなると、アスカは碧い瞳を現せた。
まだ近い距離に居る彼は、視線が交わると優しく微笑する。
「……好きだよ」
粒の大きな雨の落ちる音の中で、それでも、カヲルの何度聞かされても慣れそうにない言葉がハッキリと通った。アスカの顔が熱くなる。
甘いキスに身体の力が抜け切っていて、気が付けば、アスカは彼にすがるよう身を預けていた。
そんな彼女を見下ろしながら、カヲルは握っていた手のひらを離し、背へと滑るように移動させる。緊張に強張ったのは刹那の間だけで、すぐにアスカは安堵の吐息を零す。
「気持ち良いかい?」
「……ばか」
「悪くは無いみたいだね。……僕も、君のぬくもりを感じることが出来て嬉しいよ」
暗くて、感じる事の出来る感覚が限られているから余計にね…、とぽつりと続ける。
そう言われてみると、確かに全く見えないというわけではないのだが……視覚がはっきりしない分、カヲルのぬくもりが、匂いがいつもより強く感じる。
背に手のひらがあって、支えられている。彼に包まれているという事を今更酷く意識してしまって、アスカは全身が熱くなった。
部屋が薄暗くてよかったと思った。今抱きついて顔を寄せてしまえば、情けないほど真っ赤に染まった顔が見られることがないからだ。
急に肩へと頭を寄せてきたアスカの背を撫でながら、カヲルはそっと顔に近いところにある髪を指でさりげなく払った。
薄暗い中でもはっきりと分かる耳の赤さに、こっそり笑みを浮かべる。
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