意識がぼんやりと覚醒した時、まず嗅覚で捕らえたのは、すっかり馴染んでしまった甘い香り。
 うっすらと瞼を開いて、視界に入ったのは愛しい彼女のその碧い瞳。
 夢だろうとすぐに思った──彼女が、こうも突然、彼の部屋へと来るはずはない、と。
 だが、構わずその夢へと、おもむろに腕を伸ばした。




  露  





 身体にかかる、細身の彼女の重みが、とても心地好い。
 伸ばした腕を彼女の背に回して引き寄せた時は、驚いてジタバタと手を振って暴れたのだが、今は大人しくその腕の中に納まりじっとしている。

 ぐっ、と更に、彼女を抱きしめる腕に力を込める。夢の中の彼女でさえ、すぐ側に置いておきたい。
 腕の中にいるアスカは身体を強張らせたものの、目の前にある胸元の服を握り締めながら、身体の緊張を解いていく。

「……好き、だよ」

 近いその分、驚きの為の微かな震えがすぐに伝わってきた。

「愛してる。誰よりも」

 顔を傾けると、髪の間から見える彼女の耳が赤く染まっている。

「一番近くで君を見て居たいから……僕の側から離れないでくれないか…?」

 紅潮している顔が上がる。瞬きを忘れたかのように、ただ瞠目に目を大きくする。
──僕に都合の良いはずの夢の彼女もそんなに驚くなら、現実の彼女はどんな反応をするだろう…?

「僕からは君から離れない。離れられない。それは僕自身の事だから良く分かる。だけど……、君から僕の側をいつ離れてゆくのかは、分からない。…それが怖いんだ」

 ひとつ、ふたつと瞬きし、碧く澄んだ輝きが改めてこちらを見つめる。
 それをカヲルはひた、と見つめ返し、それから眼差しに耐え切れなかったのか、ゆっくりと目を伏せる。
──夢だから、もう少し。

「君は今はまだ、僕を求めてくれている。僕も君を求めている。僕は、いつまでも変わらず君を想うけど、君の心が移ろい、他の誰かの所に行くのがとても怖いんだ。……君が居ないと……僕は──」

 突然、頬を細い指が滑るのを感じる。
 はっとして瞼を開いた。途端に映ったのは、はにかんだ彼女の表情。

「……バカ」

 指が離れると、アスカはベッドに手を付いて、ゆっくり上体を起こした。
 心地好い温もりが、彼から離れてゆく。

「こんな朝から何言ってんのよ、バカ。……いつまで寝ぼけてるつもり?」
「もしかして……、夢じゃないのかい?」
「ほっぺた、つねってあげよっか? 本気でつねるけど、夢ならちょっとは痛くないんじゃない?」

 そう言って伸びてきた手を、そっと掴んだ。眉が寄る。

「ふふ……、そうか、夢じゃないんだね。……なら、あまり良くない所を見せてしまったようだ」
「……べ、別に」

 あんたもそんな事思うんだ、とぼそりと言いながら、更に遠くへ行こうとする彼女の掴んでいた手をぎゅっ、と強く握る。
 何よ、と言いたげに彼女は手、それから下に居る彼へと視線を移した。

「折角だから、もう少しこのままで居させてくれないか?」

 返事を待たずに彼は、手を引いて温もりを側へと寄せる。
 笑みを向けながら、彼はゆっくりと寄せた彼女の頭を撫ぜた。

「……ちょっと…」

 何か言いたげに彼女は顔を上げるが、カヲルと目が合うと口を閉ざした。……寂しいの感情が、表情を暗く彩っているのを見たからだ。
 ゆっくりと、彼の胸板へと頬を寄せて行く。
 片手がベッドの上を滑り、彼の空いている手に触れる。それはぎこちなく動いて、指を絡ませた。

「……今日は、トクベツよ。次はないんだから」

 ゆっくりと瞳を伏せていく彼女に、彼は紅い瞳を細めた。
 そういえば、今日は学校はお休みのはずで、アスカとも何も予定がなかった。
 それなのに、何故か彼女は来てくれた。知らず寂しい、と心が暗い所で揺らいでいたのがわかったように。
──それが、とても嬉しい。

「わかっているよ。……ありがとう、アスカ」

 しっかりと指の絡んだ手を握ると、彼女は同じように握り返してくれた。