優しい風が、頬を掠めるように優しく撫でる。
 学校の屋上。
 昼休みの間はずっと開放してあるというのに、時折、人が誰一人来ない日があった。
 そんな、珍しくゆっくりと流れる時の中、彼は手足を伸ばし、大の字になってその場に寝転んでいた。




 昼の理由





──もうそろそろ、来るかな?

 そんなことを思っていると、カチャリ、とノブを回す音が聞こえた。
 目を開けていないが、来たのは彼女だとすぐわかった。
 扉を閉める音、そして、じょじょに近づく足音、気配。
 すぐ傍で、それが止まる。

「カヲル」

 彼女の声が降ってくる。
 それに気付かないふりをして、狸寝入りを決め込んだ。

「……カヲル? 寝てんの?」

 暗い瞼の裏側が更に暗くなり、気配から、彼女が屈んで顔を覗き込んだのがわかった。
 ふわりと、好い香りが鼻をくすぐる。シャンプーの匂いかな?、と思っているとぷに、と頬を突付かれた。
 驚いて、目を開けそうになる。が、瞼は震えたであろうが、辛くも堪えた。
 そうやって、彼女から触れてくる事はあまりない。
 ので、もうちょっとだけ、寝たフリをする。

「ちょっと。起きなさいよ、カヲル」

 眠っていると思い込んでか、普段は滅多と聞かせてくれない、相手してよ、とも聞こえる甘える様な響きの声。
 そして、彼女はまた頬をつんつん、と突付き始めた。

──ずっと、どんな形であれ、彼女に触れていて欲しかったし、その声を聞いていたかったけど

 このままだと、さすがに飽きて帰ってしまうだろう。…相手にされない事を何よりも嫌う、寂しがり屋さんだから。
 ゆっくりと、今気が付いたかの様に、瞼を開ける。
 ぼやけてはいたが、刹那の間だけ彼女が浮かべた表情は、嬉しそうな微笑み。

「あ、やっと起きたわね」

 言いながら、つ、と少し身を引く彼女。
 それを少し残念に思いながら、上体を起こした。

「…あぁ、おはよう」

 とろりと笑って、片手を上げるとひらひらと動かしてみせる。

「おはよう…って。あんたねぇ」

 彼女の呆れたような口振り、その表情。
 どうやら、演技だとは気付かれていない。
 彼女はごく自然に、彼の隣に腰を下ろした。

──それが、とても嬉しい

「あんた、なんでこんなトコで寝てんのよ。…寝不足なワケ?」
「そうじゃないよ」

──君が、起こしに来てくれるからだよ。……それに…

 言葉で伝えない代わりに、にっこり微笑んだ。
 だが、それが彼女に伝わるわけは無い。

「……じゃあなんでよ?」

 眉をひそめて、問い掛けてくる。

「フフ…なんでだと思う?」
「ちょっと、教えなさいよ!」

 ムッと表情を変えると、彼女はぎゅっと鼻をつまんできた。
 それでもされるがまま、笑みを崩さずに彼女を見つめる。

「ダメだよ……秘密さ」
「…はぁ? なんでよ?」






 それに……僕の姿が見えないから、探しに来てくれるんだろう?
 他の誰でもない君が、他の誰でもない僕の元へ、すぐ隣へ来るために、僕を探してくれる。
 そんな、ちょっとした優越感に浸れるからね。

 ……そんな事を話してしまったら、君はもう、来てくれないだろう…?
 だから、秘密だよ。