背に大きな手のひら。つ、とそれは肩へと移動してきた。
 肩を抱かれて、引き寄せられるように力を込められると、それに身を任せた。
 すぐ隣に、彼がいる。




 ふたりで居るの過ごし方





 今まで……つまりは今日の朝、学校へと行ってからこの部屋へと戻ってくるまでの間という、とてもとても短い間だったのだが。
 ずっと近づけさせなかった彼が、今こうして二人になった途端、また手を伸ばして来てくれるのがとても嬉しい。

───自ら、手を伸ばして触れるのは、自分らしくないし、何より酷く恥ずかしいから。

 肩先を指先で軽く撫でられる。白い顔が近づいてきて、髪に鼻先が当たる。…ちょっと、髪の匂いが気になった。
 彼の吐息に、視界の端の髪が揺れる。

「もう少しだけ……いいかい?」

 問いかけの意味を、それとなく理解するが、素直にまだ頷けない。

「……。暑苦しいんだけど?」

 どちらか、と問われれば、それは拒絶を示しているかのような。
 だが、わかってくれたのか、彼は空いていた片方の腕を上げる。自然と身体が向き合い、その手が肩へと伸びた。
 その、先程まで肩を撫でていた手は、上へ滑り、辿り着いたうなじにそっと触れた。
 驚いて、動揺は隠せなかった。そんなに高くない、体温の低い彼の手のひらの触れた部分だけが、どこよりも酷く熱を持った。
 自分でも、あまり意識して触れることの無い所にある、彼の手。頬に当たる空気が、冷たく感じる。

───あんな事言っといて、こうも大人しくなったあたしを見て、こいつはどう思っているかしら…?

 少し、気にはなった。不安も。が、それでももう、いつもの調子が取り戻せない。その手を払ったりする事が出来ない。
 ……今、この手を振り払うようなマネはしたくない。

 と、不意に、力強く引き寄せられた。
 ぎょっ、と瞠目して身体を強張らせたが、それは刹那の事。
 すぐ、一番傍にいて欲しい彼の腕の中に居るという、とろりと溢れ出た幸福感。口から出たのは甘いため息。

「…アスカ」

 とても近い距離。
 名前を呼ぶ声が、心に沁み込む。頬にキスをされた事には、ワンテンポ遅れて気が付いた。

 彼の、肩に置いてあった手が、腰へと下りてきた。そして、それを引き寄せられて、二人の間の空白が隙間無く埋まる。
 少し、心が素直になる。知らず腕が伸びて、彼の服を強く掴んだ。

───…離れでないでよ。このまま…

 言えない、声に出して伝えられない言葉を乗せる為に、指先に力が篭る。
 瞼を伏せて、片側の耳を胸元へと押し当てた。

 ……とくとく、と響く鼓動がいつもより速く聞こえる。少し顔を上げると、珍しくはにかんだ笑みを浮かべる彼が居た。
 視線が絡むと、彼は僅かに首を傾けて、顔を覗き込んできた。

「フフ……君がこうして、珍しく甘えてきてくれたからね。…だけど、凄く嬉しいし、愛しいよ?」
「…………ばか」

 落ちてきた囁きに口元が綻ぶ。見せないように、頭を寄せてまた瞳を閉じた。

 窓の向こうからの蝉時雨が、いつも以上に遠くにある。
 代わりに彼の鼓動が近くにある。……安堵出来る、暑い中にも心地よく感じるぬくもりも、すぐ傍に。











───このまま、すぐ近くに居て。ずっと時間が許す間、ずっと…