どうして、あたしはこんな状態になったんだろう?
 今では、テレビ画面の内容が全く入ってこなくなった状態の頭で、ふとそんな事を思う
 意識が傾くのはただひとつ、背中から伝わる彼の体温
 微かに、微かに頭を動かして、その後ろに居る彼に視線を向けた




 近くにいたい





 時間を戻すとこうだ。
 アスカは、ソファの背もたれに身体を預けて、そのテレビに映る画像をただじっ、と見つめていた。
 そうしてずっと時を過ごしていると、部屋の扉の開く音、続いて彼の帰宅を告げる声が聞こえた。
「おかえり」と、彼の方も見ずに告げると、彼がゆったりとした足取りで近づいて来た。

「僕も座っていいかな?」

 横からの声に、画面に集中したままアスカは小さく頷き、場所を空けようと微かに腰を浮かせる。
 と、突然、彼は彼女の横から背に片手を回して、脇に手を添える。
 流石に何事、と画面から彼に目を移すが、やっと視界に映した彼は、ただ笑ったまま。
 もう片方の手も、反対側の脇へと添えて、器用にアスカを浮かせると、その今まで彼女の座っていた場所に、彼の身体を滑り込ませた。
 すとん、とソファに腰を下ろすと、手を腰に回して引き寄せて、彼の足の間にアスカを座らせた。



「………」

 それから、アスカはただ一言も発せれず、彼の方は何も言わず、二人は前にあるテレビに目を向けて、静かに時を過ごしている。
 だが、それも耐え切れなくなって、アスカは顔を彼に向けたのだ。
 それに気が付いて、彼の視線が彼女に降りて来た。
 優しく揺れる、紅い瞳と搗ち合ってしまって、アスカは一度、言葉を飲み込んだ。

「……。カヲル、普通に座りなさいよ」
「普通に座ってるさ。ただ、君が僕の前にいるだけだよ」
「あんたがそうさせてんでしょ? …いつまでこうしてるつもり?」

 眉を寄せて不快そうな表情を向けると、カヲルは首を傾げた。

「……もしかして、アスカはこの状態が嫌なのかい?」

 嫌でもないし、むしろ心地良いものなのだが、そんな事は勿論、言えるわけもなく。
 アスカは顔を背け、沈黙を以って、その問いかけを否定した。
 彼女の、わかり難い意思表示を難なく受け取ると、カヲルは微笑を浮かべた。
 腰に回っている手の力が少し加わって、さらにアスカを近くに引き寄せる。
 伝わる温もりが、近くなる。

「…僕はね、君を近くに感じたかったから、こうしているんだよ」

 囁き、寄せたアスカの頭の天辺に唇を押し付けると、そっと頬を寄せる。
 緊張してきたのか、固まってきた彼女に構う事無く、彼はゆっくり言葉を続ける。

「君と少し離れただけで、こんなにも君を近くに置きたいんだよ、僕は。…なのに君はテレビに夢中だろう? だから、こうして君の邪魔をしない様にしているんだよ」

──この状態でも、意識がそちらに向いてしまって、十分邪魔をされている。
 そう思うも、アスカの口から出たのは、違う言葉だった。

「わかったわよ、もう。…仕方ないから、暫くこうしててあげてもいいわよ」

 仕方ない、という所を強調しながら、だが、それとはまた違う感情も篭った声。
 違う響きに気が付いた彼は、クスリと微笑んだ。

「…うん。ありがとう、アスカ」

 気づかぬフリをして囁き、もう一度、頭の上に口付けを落とした。