友達の輪の中で、楽しげに笑っている銀髪の少年
 そんな彼を視界に入れつつ、それでも意識的に見ないようにしながら
 赤み掛かった髪の少女が、ゆったりとした歩調で近づいてきた




 チョコレート





「はい、あんた達みんなでどうぞ」

 長方形の平たい箱が机の上に軽い音をたてて落ちた。
 一瞬にして、その机を囲むようにしていた四人の視線がそちらに注がれる。

「惣流? コレ、俺らに?」

 ケンスケの確認に、アスカはそうよ、と簡潔に返した。

「へぇー…アスカが」
「なんや変な感じやけど、もらえるんは嬉しいのぉ」

 シンジ、トウジ、と続いて思い思いの事を言いながら、箱の包みを解いていく。
 そんな彼らを、関せずというように見ていたカヲルがつ、とアスカへと視線を向ける。

「…今年はみんなにあげるんだね?」

 瞳を細くして、小さく首を傾げる。

「今年、は…?」

 その問い掛けに反応したのは、声を掛けられたアスカではなかった。
 勢いよく、チョコの箱の中身からカヲルに視線を向けたのはケンスケ。
 そして、それに続くトウジ。
 その二人の息の合ったような速い動きに、物事にはあまり動じないカヲルがやや身を引いた。

「それってつまり…去年は誰かにあげたってことだよな?」
「あー…そうなるな。……もしかして渚、もらったんか?」

 余計な事を…、とのアスカの視線に気が付きながら、カヲルはとぼけて肩を竦める。
 去年、アスカが誰かにチョコを渡しているのを知っていたシンジは、こっそり苦笑いの表情だ。

「…僕、とはかぎらないんじゃないかな? …アスカ、ちょっといいかい?」

 誤魔化すような、だが、全くそうでもない言葉を残してから、カヲルはアスカに小さく手招きをする。
 机を囲んでいた輪の中から外れて、教室の外へと向かった。
 招かれた彼女は一瞬、眉を顰めるが何を言うでもなく、彼の後に続いた。




「……で、何よ?」

 非常階段の踊り場。
 カヲルがそこで立ち止まって振り向くと、アスカは一番に口を開いた。

「さっき、不注意に言った事を謝ろう、って思ってさ」
「…ああ、ソレ。もういいわよ、過ぎちゃった事だし」

 入ってきた鉄製のドアに背を預けて。
 軽く睨むような視線を送ってくる彼女にカヲルは小さくごめん、と謝った。

「……そう、ホントはね。もう一つ聞きたい事があるんだ」

 あそこでは言い出せなかったんだ、と続ける彼に、アスカは首を傾げた。

「……あん? 何よ、まだあるわけ?」
「うん。…僕個人にはくれないのかなって思ってね。君からのチョコレート」

 ぴくり、と眉毛が小さく動く。
 それが、動揺した彼女の反応だと彼は知っているので、緩みそうになった顔をなんとか押さえた。

「……もらえないのかな?」
「なんで聞くのよ? …あれじゃダメなわけ?」

 簡単には答えてはくれないらしい。
 カヲルは小さく、苦笑の表情を浮かべる。

「いや。……君からもらえるのは、嬉しいんだけどね」

 一歩一歩、ゆったりとした歩調でアスカに近づいた。
 彼女の前まで来ると、肩に掛かっている髪を軽く掻き揚げてやる。

「これは、僕のわがままなんだけど。……君の中で、僕と彼らを同一視して欲しくないんだ」

 さらさら、と輝き流れる髪を見つめながら囁く。

「もちろん、アレで用意しているつもりなら、僕はアレを頂くよ」

 優しい口調で言いながら、また髪を一房掴んでゆっくり撫でる。
 それでも、彼女は黙ったままだ。

「……話はそれだけなんだ。…じゃ…」

 つ、と髪を離して、少し身を離すと、くいっ、と服の端を掴まれた。
 カヲルは掴まれた所を、そして視線をゆっくり伝わせて、アスカの顔に移した。

「………ホントは、放課後にあげようと思ってたのよ」

 小さな声。
 彼は嬉しそうにニッコリ微笑んで、服を掴んでいるアスカの手を、包み込むように握る。

「あったんだ。……よかった」
「だけど……」

 言い澱むアスカを見つめて、カヲルは促すように、包んだ手を撫でる。

「……だけど? なんだい?」
「………あたしが作ったから、形が悪いんだけど?」

 フッ、と笑みが零れた。

「なんだ、そんな事か」
「そんな事ってなによ! そんな事って!」

 抗議するような目つきのアスカに、彼は笑みを向け続けた。

「君が僕のために作ってくれたんだろう? …形が悪くても頂くよ」

 捨てたとか、誰かにあげてしまったのかと思ったよ、と心底安心したように言うカヲル。

「捨てるかはとにかく、あげたりなんかないわよ。……あんた以外には」

 更に小さくなっってしまった、その声。
 それでも、カヲルの耳を打つ、彼女の想いのこもった声。

「ありがとう」

 俯き気味の彼女の頬をゆっくり撫でた。
 そして、顎のラインに指を這わせて上を向くように導いて。
 触れていない方の頬に、首を傾けて軽くキスをした。

「…ッ かか、カヲルッ!?」

 反り気味に、彼から身を引くアスカに可笑しそうにくすり、と笑みをもらして。

「……放課後、楽しみにしているよ?」

 空いてる片手で、彼女の肩を抱いて。
 囁きながら、反対側の頬にもゆっくり、顔を近づけた。