もうすぐお昼だ。

 寝そべった状態のまま、カヲルは首を傾けて窓の外を眺める。
 見える空の光の色に目を細めて、さて、今日は何を食べようかな、とぼんやり考える。
 と、その時、部屋にチャイムの音が鳴り響いた。




 お弁当





──…誰だろう?

 カヲルはゆっくり膝をついて、起き上がると、玄関へ向かった。
 軽い音を立てて鍵をあけて、ドアのノブを回すと、彼のよく知る少女が立っていた。

「……やあ、アスカ」
「ハロォー。…ってあんた、なんか眠そうね。もしかして、寝てたわけ?」

 呆れた口調、目を座らせて見つめる彼女に、カヲルは肩を竦める。

「そう見えるかい? …まあ、上がりなよ」

 ドアを開け放ち、身を少し端に寄せると、中に入るように促した。
 少しの間、カヲルを見ていたアスカだが、お邪魔します、と小さく言って中へ入った。
 カヲルは後ろ手にドアを閉めて、彼女の後に続く。

「今日は、何しに来てくれたんだい?」
「ん〜。あんた、どうせ何も食べてないんじゃないかと思ってね、はい」

 気付かなかったが、どうやら何か手に持っていたらしい。
 アスカは振り向いてから『ソレ』を、目の高さまで持ち上げた。
 赤い布で包まれた、四角い物。

「もしかして………お弁当?」
「何よ、その言い方。あたしがお弁当作ったらおかしいわけ?」

 他意があった訳ではなかったのだが。
 言い方に何か感じたらしく、彼女は眉間にシワを寄せて、不機嫌な表情を作った。
 だが、本当に怒っているわけではないのは、本人ではないカヲルも良く知っていた。

「まさか。…君が何かを僕に持って来てくれるなんて、思わなかったからさ」

 嬉しいんだ、と微笑めばアスカはぷい、と顔を逸らす。

「べ…別にあんたの為ってわけじゃないんだからね! つ、作りすぎたから、お腹へってそうなあんたに処理してもらおうって思っただけよッ!」

 早口にまくし立て、居間に着くとさっさとテーブルに着いた。
 だが、しっかりと向かいの方に包みを置いて。
 わかりやすい、彼女の反応。
 カヲルはただありがとう、とだけ返し、包みの置かれたアスカの向かいに腰を下ろした。
 変にツッこまれずに済んだ為か、彼女はこっそり、小さく息を吐いた。

「今、食べていいかい?」
「……じゃなきゃ、一体いつ食べんのよ?」

 そっぽを向いてしまった彼女の了承を得てから、するする、と布を解き箱を取り出す。
 ゆっくりと、蓋を開ける。
 中の物は少し形の崩れている物もあったが、思った以上に見た目は悪くなかった。

「じゃあ、いただきます」

 彼女ににこり、と笑みを向ける。
 丁寧につけてくれていた箸を持ち、それを食べ始めた。
 テーブルに着いた時から背けていた頭をほんの少し動かし、様子を伺うアスカ。
 それに気付がつき、カヲルは少し顔を上げる。

「おいしいよ」

 カヲルは更に笑みを深くし、やや顔をこちらに向けている状態のアスカを見つめた。

「…あっそ」

 返事は、短く素っ気ない。
 カヲルは、だが気にせず話を続ける。

「また余った時、味見でもあとの処理でもいいから持ってきて欲しいな?」
「…そっか。じゃあ、気が向いたらまた持ってきてあげるわよ」

 言葉はまだ素っ気ないが、少し声色が優しくなる。
 ほっとしたのだろう。

「ふふっ…。楽しみにしているよ」
「……あのねぇ、言っとくけど気が向いたら、だからね!」

 やっと顔をこちらに向けたと思った途端、念押ししてくるアスカ。
 カヲルは勿論それでいいよ、と穏やかに返した。