叩きつけるかのように激しい大粒の雨の中。
 アスカは赤い傘を差し、家路を急ぐ。
 その道を通る途中。
 視界の端に映った公園に、人影を見つけて。
 彼女はぴたり、と立ち止まった。



   雨  





 ぼんやり霞む中に佇むのは、銀の髪の少年。
 よく見なくとも、一般的にあまり見ない容姿に、誰かはすぐわかった。

──…なにやってんのよ、アイツは

 その場から微動だにせず、彼はただ立っている。

 ばらばら、と容赦なく降りそそぐ雨。
 彼に動く様子は、ない。

 アスカは早足に彼の元へ駆けて行った。
 ぱしゃぱしゃ、と足が大地を蹴るたび、地に落ちた水が再び宙を舞い上がる。

 近づいて改めてカヲルを見ると、彼は目を閉じた状態で顔を天に向けていた。
 いつから居たのだろうか?
 全身が濡れきっていた。

「カヲル! あんた何やってんのよ!?」

 アスカは急いで、自分の傘の下にカヲルを入れる。
 彼女の少し怒気を含む声。
 自らの側に来た存在に気が付いて、彼は口元に笑みを浮かべた。
 だが、瞳は閉じたままだった。

「雨に当たってるんだ」
「………。あんた、バカ?」

 アスカの眉間にシワが寄る。

「バカとはひどいね。君が聞いたんじゃないか」
「なんで雨に当たってんのか聞いてんのよ」

 このやり取りの間も、カヲルは目を閉じたままだ。

 一体、何を思っているのだろう…?

「…生きてる、って思えるんだ」
「………はぁ?」

 雨に当たって?

 口には出さなかったのに。
 カヲルはアスカの思った事がわかった様にそうだよ、と答えた。

「こうやって濡れると冷たい、というのがよく分かるんだ」

 カヲルはようやく、うっすらと瞼を開いた。
 視線を天上からアスカに向け、見つめる。
 そして、ゆっくりと手を伸ばし、彼女の頬に触れる。
 その冷たさに、彼女は小さく身体を揺らした。

「それに、君に触れて、暖かさを感じるれる」

──嬉しいんだ

そう言わんばかりに、笑みを浮かべるカヲル。
それは、なんとなく。……なんとなくだったが。

泣き出しそうにも見えて……


「ッ! い、いたたたッ」


 ぎゅうっ、と唐突にカヲルの頬をつまんだアスカ。
 そうして、手加減なく引っ張り続ける。

「いッ、いたいッ アスカ…」
「…はぁ? 何言ってんのよ。あたしだって冷たかったわよ!」

 不機嫌に言い放った。
 そして、思いっきり引っ張ってやってから、その手を離してやる。

「全く、ワケわかんない事言ってんじゃないわよ。あんたはちゃんと生きてるわよ!」

 カヲルはつままれて赤くなった所を押さえながら、改めてアスカを見た。

「……何考えてるかわかんないけど。次、そんなくだらないコト言ったら、張り倒すわよ」

 心なしか、小さくなってしまった声。
 だが、その眼はしっかり逸らさずに、カヲルに向けられている。

「……わかった」

 彼女の瞳を見つめ返し、想いの篭った言葉に、カヲルはうっすら微笑んだ。
 返事を確認してから、アスカは持っている傘を彼にずいッ、と差し出した。

「じゃあ、さっさと傘持って。入れてあげるんだから、それくらいはしなさいよ?」
「……そうだね」

 クスリ、と笑って、傘を受け取るカヲル。

「…あぁ、アスカ。もうちょっとこっちに。肩が濡れてしまうよ」

 つ、と冷たい手に腕を引かれて。
 二人の距離は、肩が触れ合いそうになるくらい縮んだ。

「ちょっと…」

 アスカは抗議するかのように、カヲルを凝視する。
 彼は彼女と目が合うと、それに構わずニコリと笑う。

「君には濡れて欲しくないし、風邪を引かれたら困るからね」
「…そ。……いい心がけじゃない」

 少し紅潮した顔を隠そうと、アスカはパッと正面を向く。
 カヲルはそれを見て、また嬉しそうに微笑んだ。