「じゃあ、カヲルくん呼んでくるね」
「おう」
「早くしろよー」



 ひなたぼっこ




「カヲルくーん」

 シンジは、これで三度目のチャイムを鳴らした。
 だが、ドアの向こうからの反応が全くなかった。

──…もしかして、入れ違ったのかな?

 そんな事を考えながら、なんとなくドアノブに手を伸ばす。
 カチリ、と軽い音が響いた。

「え…?」

 まさか開くとは思わなかった。
 シンジは驚いた表情を浮かべながらも、ゆっくりドアを開ける。
 失礼します…、とゆっくり中に入り、様子を伺う。
 しん、とした部屋の空気。

──本当にカヲルは、外に出ているのかもしれない。

「…カヲル君? 居ないの?」

 居る時もそうだが、居ないとするにしても、用心が無さ過ぎる。

──そういえば綾波も、未だに鍵掛け忘れてる事多いよな…

 ふと、蒼穹を思わせる髪の色の少女の事を考えながら、シンジは居間へ続く廊下を進んだ。

「…あ」

 居間へと抜けて。
 シンジはその目に飛び込んできた光景に思わずくすり、と笑みを漏らす。

 大きなガラス窓からは、日の光が差し込んでいて。
 その光の中に、一枚のシーツをかけた二つの影。
 大の字に近い状態でカヲルが仰向けに寝転んでおり、そのすぐ隣には、アスカが体を丸め、カヲルに寄り添うように眠っている。
 ふわり、とどこからか流れこんだ暖かい風が、二人の髪を小さく揺らした。

 シンジはゆっくりと、音を立てないようにしながら、彼らの近くまで移動する。
 無防備に、幸せそうに眠る二人に、もう一度口元が緩んだ。

「…だけど、不用心だなぁ。誰か知らない人が入ってきたらどうするんだろ…?」
「…怪しいヤツなら、僕が気付くから大丈夫だよ」

 突然の、答える人の居ないはずの疑問への返答に、シンジは驚き飛びのいた。

「うわあぁッ! か、カヲル君、起きてたの!?」
「静かに。……正確には、今シンジ君がココに来た時に、だけどね」

 カヲルは口に指を当て、アスカに顔を向ける──彼女はまだ夢の中のようだ。
 そうだった、とシンジは声を落とした。

「カヲル君。だけど、一応鍵くらいはかけなよ」
「そうだね、こんなトコ見られたら、勘繰られるだろうからね」

 僕はいいんだけど、アスカがね、と。
 くすくす笑いながら、彼は半身を起こし、そして不意に動きを止める。

「…カヲル君?」
「今日来たのは、出かけるお誘いかい?」
「うん。そうなんだけど…」
「すまないが、今日は止めとくよ」

 言って、カヲルは掛けてあるシーツをそっとめくる。

──カヲルの服をアスカがしっかり握り締めていた。

「…アスカって、結構甘えん坊なんだね」
「そこが彼女の可愛いところさ」

 すっぱりと言うカヲルに、シンジは恥ずかしさにそ、そうだね、としどろもどろに返す。

「えーと…。じゃ、じゃあ、僕は行くね」

 シンジは踵を返し、二、三歩進み。
 それからあ、と小さく漏らしカヲルに振り返った。

「ドアの鍵、掛けないと…」
「いいよ、そのままで」

 ひらひらと、再び寝転がった体勢で、カヲルは手を振っている。

「もうすぐでミサトさんが帰ってくるから」
「そ、そうなんだ…」

──あとでアスカ、からかわれるんだろうな…

 頭の中で合掌をしながら、シンジは部屋を後にした。



「あれ? 渚は?」

 何故居ない、と不思議そうな表情を浮かべるトウジとケンスケ。
 シンジは二人に、何も考えずに一言。

「今、アスカと一緒に寝てるから無理だって」



ぴしり



 ……いやーんなポーズを取るトウジとケンスケ。
 その体勢のまま、二人は暫しフリーズする。
 そして……。

「うそだろぉぉぉ〜ッ!?」
「ホンマにかッ! ホンマに二人一緒に寝てたんかぁぁぁあ〜ッ!?」

 この上ない二人の驚き様に、ようやくシンジは、自分の言い方の悪さに気が付いた。

「え…。あぁッ ち、違うよ…ッ! そういう意味じゃなくってッ!!」

 真っ赤になって、慌てて弁解しようとするシンジ。
 だが、二人はそれに全く耳を貸さず、二人で話を徐々にエスカレートさせていく…。
 しかも、驚きと興奮のあまりか、声まで大きくなって来た。

 シンジは他人のフリ……は確実に出来ないであろうが、それを努めつつ小さくため息。

──僕達、明日は無事自分の家の布団に入れるかな…

 明日は出来うる限り、アスカの機嫌は取ろう。
 そう誓うシンジであった。