ソファの背もたれの上からひょっこりと出ている、銀の癖のある髪。 もしかして…と、ゆっくりと前へ回って見ると、思ったとおりだった。 瞳を閉じて、やや俯き加減。睡魔に負けるまで持っていたであろう手のひらサイズの文庫本は、力の抜けた指の間から彼の足元へと零れ落ちていた。 「待っててなんて言ってないのに。……なんで、こんなトコで寝てんのよ」 呆れた…、と言いたげに眉を寄せると、本を拾い上げて、すぐ隣へと腰を降ろした。 カヲルとは反対側に文庫本を置くと、背もたれに身を沈めながら隣へと顔を向ける。 すぅ……と、小さな寝息が聞こえてくる。ずいぶん前に、あまり深く眠ったことがないんだ、などとウソくさい事を言っていた彼は今、アスカの目の前で無防備な寝顔をさらけ出している。 「……ったく、気持ち良さそうに寝ちゃって」 ふっ、と柔らかな、優しい笑みが広がる。 結果は、心地よいまどろみに白旗を上げたようだが、その意識を手放す瞬間まで、彼はここで彼女を待つ為にココに居たのだ。すぐ、帰って来た事がわかる所に。 ……それで、アスカは喜びこそすれ、機嫌が悪くなることなどあるはずがなかった。 「……起きないでよ」 ぽつり、と呟いて、アスカはカヲルの方へと腕を伸ばした。 彼の腕と胴の間に手のひらを通して、身体を寄せる。ぎゅうっ、と腕を組むようにして抱きしめた。 恐る恐る、と様子を窺ってみると、彼は今だ夢の住民で居るようだ。 ほっとした吐息を漏らしてから、次はゆっくりと頭を肩口へと寄せる。 静かな寝息はそのままだったが、身体が少しばかりこちらへと傾いたらしく、アスカの頭にカヲルのそれが寄り添う。 驚きはしたが、彼が表情を見てくるという事が今回は無い為、アスカは素直に嬉しい色を表せた。 「…………」 自分と違う体温が、匂いが心を解いていく。 もっと、それを強く感じたくて自然と瞳を閉じた。 このまま、自分も寝てしまおうと思う。風邪を引いてしまうかも、とかカヲルが起きた時どういう顔をしたらいいのか、とかそんな事はどうでもよくなっていた。 ただ、この心地の好い瞬間の中に身を委ねて居たかった。 部屋の明かりが、瞼を透いて来た。 寝てしまっていたのか、とまだ重い瞼を上げて、正面の壁に掛かっている時計を見ようとした。が、目覚めたばかりの為、焦点が酷くぶれていてそれも叶わない。 片腕が重い。 それは不快ではなく、寧ろ温かくて心地の好いものではあるが、その正体が分からなかったので少しずつ正常に戻りつつある視線を落としていった。 赤み掛かった金色の髪、己の腕に絡みつく細い腕をぼーっと見つめる。 覚醒して、それがなんなのかという事を視認から認識へと変えると、カヲルは何度か目を瞬かせた。 「……アスカ?」 知らず、彼女の方へと傾けていた頭を持ち上げた。 起こす行為が酷く憚れると思えるほど、気持ち良さそうなその寝顔。腕を組むようにして彼女は、こちらへと身を預けていた。 「……すまないね。起きていて、出迎えるつもりだったんだけど」 掴まれていない他方の腕を上げると、そっとアスカの頬に指先を滑らせた。返事は勿論なく、彼女の瞼がほんの少し動いただけだった。 軽く、もう一度頬をそっと撫でてから、手を戻す。その時、偶然かそうでないのか、彼女の唇にカヲルの指先が掠めた。 彼はアスカを見つめながら、その指に自らの唇を当てる。 「もうちょっと、待っておくよ。それでも起きなかったら……よくある方法で、眠りの魔法を解かせてもらうよ?」 ふふふっ、と笑うと身体の力を抜いていく。 目覚めた時、すぐ離されないように絡まれている手をぎゅっと握ってから、背をソファに預ける。 ……そうして、愛しの眠り姫の幸せそうな寝顔を改めて眺めた。 眠り姫
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