好きな時間は早足に去って行くもので、思っていた以上の時間を彼女の部屋で過ごしていた。 気がついたのは、ふっつりと話が途切れて、二人が何気なく時計を見たその時だった。 カヲルはおどけたように肩をすくめて見せて、もうこんな時間だね、と立ち上がった。向かい合って座っていた彼女もそれに倣う。 そうして、背を向け部屋を出ようと踏み出した途端、くいっ、と後ろへ引く力を感じた。 おっと…、と彼は歩みを止め、その掛かった力の先へと顔を向ける。脇の辺りに拳が見えた。 掴まれている部分から手首へ、腕へ……と、徐々に視線を上げて入ってきたものは、俯き加減で表情の伺えない、彼の愛しい人。 「……アスカ?」 どうしたんだい、と問い掛けを含んだ声色で名前を呼んだ。が、アスカは何も言わない。 「…手を離してくれないか?」 「………」 添えるように軽く、彼女の手の甲に触れる。びくっと大きく手が震えた。 「……アスカ」 不意に、彼女の頭が揺れる。左右にゆるゆると。 それを見たカヲルは、服を掴むアスカの手の指をひとつひとつ、そっと解いていく。彼女に向き直りながら、拒絶されたと引っ込められそうになったてのひらを自分の反対の手で掴むと、解いた指を絡めて強く握る。 「僕が、帰るのが嫌なのかい?」 漸く顔が上がったと思ったら、挑むような、睨みつけるような尖った視線。 カヲルは怯む事無く、薄らと柔らかな微笑んだ。……頷きはしないが、繋いだ指に篭った力がそれだと教えてくれたし、頬は赤く色付いていた。 「…好きだよ」 途端に、驚きに目を剥いたアスカの碧い目を、彼は変わらぬ温かい色で見つめる。 腰に、空いているもう片方の手のひらを添えると力強く引き寄せる。 互いの違いのある温もりを感じて、カヲルは安堵したような、アスカはどこか甘さの混じった吐息を落とした。 「手はどうしようか。繋いでいる方がいいかな? それとも、離して両腕で抱きしめようか?」 近くなった薄く色付いた頬に唇を寄せる。それをそっと当ててから、すぐに離れて様子を伺った。 「…知らないわよ、バカ」 ぼそり、と呟きそれ以上何も言わなくなったアスカ。しばしそうしてから、カヲルは添えたままのてのひらを背中へと滑らせ、己の元へと更に力を込める。 「…どう? 落ち着くかい?」 「………暑い」 相手が離さないと気がついたのか、途端に強がるような、どこか機嫌の悪い声。 わかりやすいな…、と心中で呟いて、カヲルはくすくす笑った。 「…何がおかしいのよ?」 「いや、おかしくはないよ」 カヲルは顔を寄せると、アスカの首筋へと口付けた。びくっと震えた彼女の肩に、頭を乗せる。 「可愛いな、って思って」 「………」 バカ、と聞こえた気がする。もう声を聞き逃すことの無い様に声に耳を澄まそうとして、カヲルは瞳を閉じた。 「……今日は、泊まりかな?」 「…なんでよ」 「この手が離れないからだよ。……僕が離したくないって言うのが適切だけどね」 強調しようと、繋いでる手を軽く振る。 「……どこで寝る気?」 「アスカが許してくれるなら、君の部屋だよ。……ああ、大丈夫だよ。ちゃんと床で寝るから」 アスカの頭が動いた事に気配で気がつき、ほんの少し肩から頭を浮かせる。カヲルはそっと瞳を開いて、彼女へと顔を向ける。 「あたしがダメって言ったらどうすんのよ?」 「手を離して、すぐに帰るだけだよ」 「…あッ……ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」 彼が指の力を抜いて離す素振りをすると、途端にアスカはしがみつくように手を握り返してきた。 視線が交わり、カヲルがにこっと笑みを浮かべると、彼女は頬を膨らませた。 「あんたって、ホント性格悪い時があるわね」 「変な所で全く素直にならない君には、このくらいがちょうどいいと思うんだけどな」 カヲルは笑って、お互いの身体の間に僅かな空白を作った。前に居る相手の顔がしっかり見えるように、向かい合う。 「じゃあ、アスカ。……返事は?」 「…………」 口を噤んで、睫毛が伏せられる。それが上がって、カヲルの顔を見たと思えば、碧い瞳が右往左往する。 その間もずっと、彼は彼女を見つめ続けるだけだった。……照れて、どう言おうかと困っている様子を愛しげに。 漸く観念したらしく、アスカはため息を吐いた。また、頬に赤みが差す。 「……いいわよ。あたしの部屋のどこでも、あんたの好きな所で勝手に寝なさいよ」 「ありがとう。……どこでも良いのなら、僕の好きな、君の隣で眠らせて貰うよ」 思っていた以上の答えが聞けると、カヲルは嬉しそうに微笑んで、もう一度アスカを我が元へと引き寄せた。 掴む手
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