掴まれた手首だけが、酷く熱い。そこにだけ血が通っているかのような。 それはさっきぽつり、と彼の口から出た言葉のせいかもしれない。 僕は、君のものなんだよ? いつもだ。唐突に、こういう変なことを言うのは。歯の浮くような、恥ずかしくなる愛の告白めいた言葉を吐き出すのは。 よくもそんな言葉を、照れを見せずに言えるものだと呆れながらも感心する。 こちらといえば、そんなセリフを言おうものならその一度きりにしても、ぐっと寿命が縮む思いをするのに。 「……あんたねぇ……、毎回毎回、恥ずかしくないの? そんな事言うのは」 「本心を伝えることは、恥ずかしい事なのかい? 僕は恥ずかしいなんて思わないけど」 薄ら、と口元が綻ぶ。何かを言いたそうに口を開いたアスカより早く、彼は言った。 「言い逃す前に言っておくよ。逆も然り。君は、僕だけのものなんだ。だから──」 ──誰にも渡さない 浮かぶ笑みは、いつもより暗い影が落ちていた。 闇の中二つある紅い瞳は、深い深い仄暗い井戸の奥を覗くかのように恐ろしくも見えたが、その闇に酷く心を惹きつけられた。 肩の辺りに置いていた手を、そっと滑らせる。彼の鎖骨を意識して通り、首元へと手のひらを当てた。 彼の肌に触れた途端、自身の手の触れた辺りだけが熱を持った。 「……あたしが、もし、他の人の所へ行こうとしても?」 そんな事、ありえないのに。きっと、カヲル以上に相手に依存していて、彼しか求めることが出来ないのに。 そして──なら、諦めるよ、と言われるのが凄く恐いのに聞いてしまった。 「行かせない」 すぐ押し寄せてきた後悔の波を吹き飛ばす、強い言葉の響きにどきりとする。 彼は、首に掛かっている手の存在は無視して、掴んでいる手首を引いた。色白い頬に、そっと触れさせる。 「君が居ないと、僕は存在する理由がない。だから、君が他のヒトの所へ行くものなら、無理やりにでも君を連れ去るよ。……例え──」 その後に続いた声がとても耳に残った。それほど、彼の口から出てきたという事が信じきれない響きであったし、言葉でもあった。 「……どこまで、本気だったわけ?」 身体は、仰向けになった彼に預けているので、耳のすぐ傍で彼の鼓動が聞こえる。その鼓動より早い自分のそれに気づかれそうで身体を離したいものだが、それは彼の腕が許してくれないようだ。 「? どこまで、って?」 「……ほら、あの…さっきのことよ」 あのあと、呆気に取られていたアスカはカヲルに身体ごと傍に引かれ、首筋に数え切れないほどのキスをされた。 びっくりして、大きく震え身体を強張らせた彼女にお構いなく、唇の角度を変えたり、すぐに離れたり、軽く音を立てたり、すっと滑らせたりを何度も、何度も。 顔が離れて、それに漸く解放されたと思えば、腰から背に上がって来た手のひらでぐっと押さえられて抱きすくめられてしまった。 「……全部、本心なんだけどな」 「……そ、そう、なんだ…」 「ああ、そうだよ。──……僕が恐いかい?」 問い掛けの意味を捉えかねて、きょとっ、としてアスカは僅かに顔を上げる。目が合うと、彼女は先ほどのキスを思い出してかすぐ俯いて、カヲルの瞳は細められた。 「こんなに君のことを愛してる僕が、恐くないかい? ……君の事になると歯止めが利かなくなりそうな僕を、怖ろしいと思わないかい?」 ほんの少し、寂しさの混じったかのような声が落ちてきた。 アスカは首を振る。二度、三度。そしてもう一度彼を見つめると、頬を微かに赤らめて、視線を泳がせた。 「……こ、恐くないわよ」 「本当に?」 紅い瞳は細いままだが、少し瞳の色が優しくなった。彼の両手が熱い頬に添えられると、彼女の体温が更に上がって来る。 「……ほ、本当よ」 「怯えてるんじゃないかい?」 「そ…そんなわけないでしょ…」 「なら、顔をしっかり見せてごらん?」 不意に、カヲルは片手を離して身体を支えると、上体を起こしていく。それに押されるかのように、彼の足の間に座るような格好でアスカも起き上がった。……顔が、先程より近い距離にある。 ふふっと彼は嬉しそうに笑った。再び、片方の手のひらが頬を滑っていく。 「……真っ赤だね」 「手で触ってんだから、わかってたでしょ」 「でも、こうして見るのとはまた違うよ。……すごく可愛いよ?」 目の前にある彼の顔が見れなくなって俯こうとしたが、カヲルは額をアスカのそれに当ててきて、叶わない。 更に顔が近づいてきて、唇が触れ合いそうになったので動けなくなる。 「……カヲル…」 「……もうちょっとでキスできる距離にいるね、僕たちは」 「…………」 「もう一度聞くよ? …僕が恐くないかい?」 こちらに真っ直ぐ向けられる瞳。彼の瞳しか見えなくて、紅い色の中に居るような気持ちになる。 ……彼の瞳の色が紅いから、彼女はますます『あか』が好きなったのかもしれない。 「だ、だから……恐くないって言って……ッ」 唇が触れ合う。ぎくり、とアスカは固まり、いつの間にか彼の背に回していた腕に力が入った。 2,3回掠めるだけのキスが終わると、カヲルはそっと顔を離した。が、すぐに頬を合わせて、一つの隙間もなくなるほど身体を寄せてくる。 「なら、よかったよ」 「…………」 「僕は君だけを見ているよ。だから、僕の傍から離れてはダメだよ?」 顔が、身体中が熱くて、それがとても恥ずかしくてアスカは声も出ない。 黙って何度も頭を縦に振ると、彼はおかしいのかくつくつと堪えるような笑い声を漏らした。 「ごめん。今日はちょっとやりすぎたかな?」 「…………」 「……そのようだね」 突き飛ばしてくることなく、ただ服をぎゅっと掴みしがみつくだけのアスカの姿が微笑ましい。 彼の指先が耳に触れて、髪を梳く。ぱらぱらぱら、と指の間から流れ落ちる赤い金糸を、いとおしく見つめた。 引く手
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