カヲルは、うっとりとした微笑を湛えて、アスカの居る方へとベッドに仰向けになったまま両手を伸べた。 「……おいで、アスカ」 顔を赤く染め始めたアスカに彼は瞳を細めた。おいで、ともう一度呼びかける。 その場に縫い付けられたかのように、動く気配の無いアスカ。実際、彼女は動けなかった。 「……どういう、意味よ?」 「ふふ…わかっているんだろう、本当は。……そのままの意味で捉えたらいい」 紅い瞳がこちらをじっと見つめてくる。瞬きで時折それは隠れるものの、一度も逸らされる事がない。 そうやって、愛しげに。という言葉の良く合う眼差しでじっと見つめられる事のなかったアスカには、それはよく効き目があった。 「……もう、わかったわよ…」 息を吐き出すと、彼女は一歩、二歩と進んで行って、ベッドへと近づく。 すとん、とベッドの端に腰を降ろした。少し身体をひねり、カヲルへと顔を向ける。 彼は両の腕を自身の両脇へ戻すと、控えめに微笑んだ。 「…………」 とん、と彼は己の片手を持ち上げ、自身の胸元に指先を軽く当てる。次に何を促されたのかがすぐにわかって、アスカの顔へ熱が集中する。 それは強制してこない。ただ先ほどまでこちらを見つめていた紅い瞳を、そっと瞼で隠してしまう。 ──なんで、何もしてこないのよ 手を引いて欲しかった。いっそ、ベッドについている手首を掴んで、強く。 そうしてくれたら、ホント、仕方ないヤツね。なんて言って、ため息も吐いてやりながら……素直にその胸元に顔を埋めて距離を縮めることが出来るのに。 彼はそれ以上動かない。彼女はまだ、動けない。 空間を支配するのは、時を刻む針の音。それは、とても鈍足。 救いを求めるように、アスカの落とした視線の先には彼の手の甲。 それに気がついたのか、カヲルはそっと目を開いた。 「……僕の手が、どうかしたかい?」 いじわるなヤツね、バカ。と言葉が出かかる。いっそそう言い捨てて、立ち上がれたらいいのに。 まだ、動けない。彼との距離に比例して、彼女もまた、近づきたい想いがどんどん膨らんできているのに。 「……今日は、君が側に来てくれただけでよしとしようか」 ハッとして、顔を上げると彼へと向ける。カヲルはおっとりと微笑んでいた。 そして、その次の瞬間、身体が僅かに浮いたような気がして…。 「……大丈夫かい?」 微笑に見惚れている間に、望んでいた事が起こっていた。 彼側に置いていた手首を強く掴まれて、どこからそんな力が出てくるのだろう、と思うほどのそれで引かれた。 急だった為、少しばかり彼の胸に飛び込む勢いが強かったので、アスカの方が慌ててしまった。 「あ、あたしは平気だけど……あんたは? 痛くなかった?」 「……少し、衝撃はあったけど、君は軽いから」 手首は掴まれたまま、彼は空いている腕を伸ばしてアスカの腰を抱き、ぎゅうっと引き寄せる。されるがまま、アスカはその身を寄せて二人の空白を埋める。 「それに、華奢だからね、大丈夫だよ」 「…………」 「……このまま、二人の時を過ごして居たいな」 胸板に預けたまま、顔を少し横へ傾けると、吊り下げてある時計を見上げた。夕刻を告げる短い針は、五時を指し示している。 「……晩御飯の時間まで?」 「いや、一緒に食べて過ごそう?」 「その後は?」 「君がよければ、一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで時を過ごしても良いんだけどね」 「…………」 「…半分は冗談さ。だから、そんなに目を吊り上げなくてもいいだろう?」 知らず、睨むようにしていたアスカの、皺の寄った眉間より上の方へカヲルはそっと口付けた。 ほんの一瞬、アスカの表情が和らいだ。が、すぐに彼女は顔を引き締める。 「ちょっと。半分はって何よ。半分はって」 「もう半分は本気って事さ。……僕としては共に居れる限り、君と時を過ごしたい」 どうして彼は、思っていること、願っていることを隠さず、言葉に乗せることが出来るのだろう? 自分は二人で居る時も、好きのたった一言でさえ、なかなか正直に言えないのに。 気がつかず、アスカはずっとカヲルを見つめている。彼はそれを受け止めながら、その碧い瞳の奥の色を見つめている。 「……本当は、僕も寂しがりなんだよ」 彼女へと言ったのか、それとも、ただの独り言なのか。 それは吐息混じりに口から漏れただけで。あとは、カヲルの手がアスカの頭を一撫でしただけだった。 寂しがりは…
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